『実在する神』の力に触れ、幸福な人生を

能登谷和治(さいたま市)

私は現在77歳の喜寿を迎えております。日々の生活に感謝を以って過ごさせて頂いております。顧みて私の青・少年時代はどうであったかと云いますと『生』に対して非常に懐疑的で将来に対する希望を持てず、常に孤独に陥り悶々としておりました。暗い灯台の堤防に立ち、日本海の大きな波のうねりの中へ己を没してしまいたい…そのような誘惑に幾度か襲われたこともありましたが、父亡き後の母の苦労や兄弟姉妹のことを思うと、とても実行出来ず、虚しく日々を過ごしておりました。
結婚し社会人になってからも精神的な暗雲から抜け出せず、ひとり悩み『生きる』ことに何の意義があるのだろうか。『神』はこの世に存在するのだろうか。
自分でない自分がもう一人いて常に嘲笑っているような、そんなやりきれない感じの中で日常を送っていたように思います。
そんなある日、東京九段会館に於ける
教祖様御講演会を拝聴し、私の人生が一変してしまったのです。神はこの世に実在している…。ここには無数の実証がある・・・。信仰の有無にかかわらず奇跡を体験している人々がいる・・・。人生そのものに意義があるのだ。人は一人ひとりがそれぞれの役割を担っているのだ・・・。
昭和47年1月3日、ついに教会の門をくぐり入信させていただきました。御会堂に跪き教えられた御神語奉唱を唱えていると、急に涙が止め処もなく流れて止まりませんでした。何故か『昭ちゃん』だ、と直感すると同時に、懐かしさがこみ上げてきました。(自殺した兄次男)苦しかっただろうけど、もう大丈夫、救って頂けるよと話しかけておりました。
私は入信直後から性格が改善され、運命が大きく好転しだしたようです。物事がスムーズに運び、念頭だった土地の購入、住宅の新築や又仕事面における充実、会社の方針に則った重要な役割分担、画期的な改革の端緒を担う等、自分では考えられない程の実績を残すことが出来たと思っております。
人は、神の力に触れると性格の改善や、能力の向上、更には、悪因縁の消滅によって限りない運命の好転と発展を得られるもののようです。
自己は、『因縁果の法則』に支配されていると拝聴しております。
現在の自己を形成しているものは、遠い先祖代々から受け継がれてきたDNAの結果として己自身が存在している訳であります。良い因縁もあれば悪い因縁もある。その因縁に支配されているのが私達自身であります。神の力に触れることによって悪因縁が消滅し、運命が好転していくのは当然のことであると今の私は思っております。混沌とした阿修羅の如き現在の世界は、釈迦、キリストが予言した末法の世界であり、その時、神が地上に到来し人類を救うと予言している。その神がこの地上に既に到来しているのだ。
一人でも多くの方々が靈源會に来て『実在する神』の力に触れ、『真の自己』を取り戻し幸福な人生を歩んで頂きたいと心から願っております。神を離れて人生の幸せは得られないのだ…と。