妻の昇天に際しての数々の御蔭

高橋 利文(小松市)

教祖様、日々、御守護賜りまして、誠にありがとうございます。
本日は、妻則子の昇天に際し頂きました数々のお蔭につきまして、御礼言上させて頂きます。
妻は2年前に子宮体癌を患い、ステージ三になる進行癌との診断を受け、急遽 県中央病院で癌の摘出手術を行いました。
術後には抗がん剤投与になりましたが、副作用も心配したほどひどくなく予定通り退院することが出来ました。
退院後は毎月1回の通院検査のみで順調に来ておりましたが、昨年2月に受けた精密検査によって、骨とリンパに転移していることが認められ、妻は一時大変なショックを受けましたが、この再発した癌治療については病院での抗がん剤治療や放射線治療、投薬等全てお断りして
教祖様一筋にと心に決め、ひたすら日参を重ねながら
教祖様にお縋りして参りました。
この間は癌の進行もほとんど見られず、CA19のマーカー値も低い数値を保っており妻も日参のお蔭で教祖様の御神光にお守り戴いていると常々申し、感謝の日々を送って参りました。
教祖様、誠にありがとうございました。
又、この日参にあたり、御一統様並びに会長様の御配慮により、御神光こもる御会堂にて“おこもり”のお許しを賜りまして、心より感謝御礼申し上げます。
西宮御本部にお参りさせて頂いた日々は、妻にとりましては何物にも代え難い心の癒しになり、心身ともに安らぐことが出来た最高の幸せの時であったと思っております。
教祖様、この様な平穏で安らかな日々を送ることが出来ましたのも
教祖様の御神光にお守り頂いたお蔭でございます。
誠にありがとうございました。
1年近く低い数値で体調も安定しておりましたが、今年の4月に入ってからマーカー値が上昇、それに伴い痛みが増してきましたので、地元の市民病院に再入院となりました。
入院中も御神光こもる御神水で体を清め、又、御神塩や福の花をいっぱい使わせて頂いていた時には、痛みが和らいで穏やかになった妻の表情が今も浮かんで参ります。
昇天する前日には、病院から出ました夕食のカレーライスを全部頂き、食後は何時もですと直ぐ休んでおりましたが、その日はどうしたことか娘二人と夜遅くまで2時間以上も語り合ったため、翌日は朝からほとんど喋ることもなく静かに休んでおりました。
夜になって看護師さんから「今日は落ち着いていますので一時帰られたらどうですか」と言われ、帰り支度をしてエレベーターの前で待っておりますと、先程の看護師さんが走って来られ「直ぐ戻って」と言われましたので、急いで病室に戻り、妻の様子をみましたが、先程の様子と何も変わらない状態に見えました。
しばらくして看護師さんから呼吸の様子がちょっと、と言われてから間もなくでした。眠るような穏やかな表情のまま、本当に静かに息を引きとりました。
私には妻が何時息を引きとったのかハッキリと判りませんでしたので、看護師さんに再度確認をしたほど穏やかな最後でした。
教祖様の御神光につつまれて、穏やかに定命を全うさせて頂き、誠にありがとうございました。
お通夜、告別式の両日は、前日までの猛暑がうそのように暑くもなく大変過ごし易い日になり、セレモニーホールの350台以上入る駐車場が満杯になったほど沢山の方々に弔問いただき、すばらしい告別式となりました。天候のお恵みを賜り立派な告別式が出来ましたことは
教祖様のお導きの賜物と心より感謝御礼申し上げます。
又、会長様からも立派なお花を頂き誠にありがとうございました。
最後になりますが、不思議な出来事がありましたので一言申し述べさせて頂きます。
妻が昇天した7月20日以降のことになりますが、8月4日と23日の2回に亘り、妻の携帯から私の携帯に「則子より」と表示された不在着信があり驚いております。
これはきっと子供たちが、妻の携帯を利用して、私の携帯へ電話を入れたものと思い子供たちに確認しましたが、誰もその様な事実がなく、どうしても納得しかねましたのでソフトバンクへ行き、事情を話して妻の携帯から私宛への発信記録を全て調べて貰いましたが、どれだけ調べて貰ってもその日の発信記録が出て来ませんでした。
ソフトバンクでもなぜこの様なことが起きたのか判らないと申しておりました。発信記録に出て来ないのにどうして私の携帯に着信となったのか今もって不思議でなりません。
子供たちから、これはお父さんがあの日は靈源會に行かなかった日なので、きっとお母さんが天国から小言の電話をして来たのかも知れない等と真顔で言っております。
本当に不思議なことがありました。
誠にとりとめのない話で申し訳ございませんでした。
まだまだ信仰の浅い者ですが、今後とも正しい信仰の道に入れますようお導き下さい。
本日は、御礼言上に大変貴重なお時間を頂き、ありがとうございました。