薬は適したものを適量に用いれば良薬となり 誤って用いれば毒薬と変わる。恐るべし

 現代人の多くは、薬といえば、その物が決定的に薬の働きをするように思っている。

 ところが、ほんとうの薬という意味は、病に適した物質を、適量に、適当の時機を見計って用い、そして病がなおる範囲内が薬であって、同じ病に同じ薬を用いても、分量を誤ると毒薬に変わる。

 同じ病であっても、その人その人によって抵抗力が違うから、同じ薬を一率に用いることは誤りであり、禍(わざわい)となる。

 ゆえに東洋の医学は、昔から“応病与薬、サジ加減”といって、同じ病でも、人に応じて薬の分量を決め、そして用いるところに病を治し、しかも害最も少なく、最大の効果を発揮しうるのである。

 ゆえに如何なる高貴薬でも、もしその病に適せぬ場合、その病人にとっては有害無益の物となる。

 したがって薬を薬たらしむるには、ほんとうの名医にして初めてなしうることであり、その病と、その人の抵抗力、体質を看破する力なくして、濫りに(みだり)に用いるときは、良薬も変じて毒薬となる。

 それはちょうど、薬局にどれほど多くの薬が並んでいても、その薬の本質を知り、そして病人を看破し得てはじめて、それらの薬が効果的に用いられるものだが、素人には、どれ一つも危険で用いることができないのと同様である。

 真の名医が用いれば、道端の草や虫でも良薬になって働くが、下手が用いれば、いっさいが毒薬となる。

 ゆえに極端にいえば、何物でも、薬ならざるものなく、毒ならざるものなし。ただ用い方、用いる場所によって薬ともなり、毒にも変わる。

 しかるに世の多くの人々は、薬といえば、それが決定的に薬の働きをすると思っている。

 そこに現代人の薬物迷信という恐るべき錯覚があり、そのために失いつつある健康と、寿命と、富の損失は測りえぬほど大きい。

 まことに危険なことである。