霊に賜った御礼と 娘の入信について

千葉県在住
昨年大学三年生となった娘は、就職活動の準備段階としてのインターシップ等に、6月ごろから張り切って参加し始めましたが、次第に精神的に追い詰められて行く様になりました。
娘の様子が明らかにおかしいと気づいたのは昨年11月のことです。
日常生活において異常なほどにうわの空が多くなり、例えば戸棚の茶筒を出してと頼んでも冷蔵庫を開けてボーっと中を眺めているという具合です。
そして『頭の中がモジャモジャする』『頭がキュッと絞まる』『思考が停止する』『頭が働かない』などと申し、頻繁に頭や首の辺りをバサバサと触りたてます。
12月に入ると就職というものに強い不安を訴えて私に取りすがって泣く様になりました。
頭が働かない、という言葉通り、TOEICの成績も11月には8月の半分に、12月には更にその半分にと落ち続けました。
12月19日に学内に常駐する臨床心理士のカウンセリングをうけ、心療内科を受診するようにと市内のメンタルクリニックを2ケ所紹介されましたが、折悪しく年末年始にかかり、2週間先でも予約が取れませんでした。
不安と興奮の続くまま夜は2時間程しか眠らなくなり、年が明けて1月7日、とうとう手に負えない程の発狂状態となり、市内にある病院の精神科に駆け込みました。
病名は『統合失調症』という事で、担当医には精神病院への入院も検討しなければならないと言われましたが、幸い投薬がうまく働き、何とか通院だけで済む状態を保つことが出来ました。
昨秋からのこの一連の状況にあって、私はひたすら御神語奉唱をさせて頂きながら娘をサポートする事しか出来ませんでしたが、私にはずっと気になっている霊がおりました。
それは義理の弟で、娘にとっては血縁の叔父に当たります。
義弟は某大手企業に勤務し、社内でも幾度となく表彰されて来た真面目で研究熱心な社員でしたが、49歳の時、職場上司のパワハラからうつ病を患い、50歳で自ら命を絶ってしまいました。
死因は縊死(いし)であります。
娘の精神病が就職活動をきっかけに発症し進行した事、そして主訴が頭部に集中している事から、義弟の死因と符合するものを感じない訳にはまいりませんでした。
1月27日の御相談日に会長様にお話しさせて頂きまして、精神病はほとんどが霊の影響である事、娘は亡くなった義弟と血が繋がっており、長女で一人っ子である事から、私ではなくどうしても娘の方に来てしまう事など、お教え頂きました。
そして誠にありがたい御配慮を賜りまして、未入信の娘も一緒に御会堂にてお参りさせて頂く事をお許し頂きました。
また、3月の特別霊救済のお許しを賜りました事も、霊に報告する事が出来ました。
教祖様、誠にありがとうございました。
こうして娘と共に御神語奉唱とお参りをさせて頂く日々が始まりました。
しかしながら初めのうちは、御神語奉唱をさせて頂くと途端に、娘はひっきりなしにしゃっくりとあくびを繰り返し、ガチョウの様な声を出しながら何か盛んに空気を吐き出したり、身体をのけ反らせたり縮んだり、とても御神語奉唱にはならない状態でした。
会長様にお話し致しますと、『きっと悪いものを出して頂いているのだと思います。』と仰言って下さいました。
現在では当初よりずっと頻度は減りましたが、今なお同じような現象が続いております。
それからは3月が近づくにつれ、娘に現れる現象が強くなってまいりました。毎晩、床に就いて暫くすると突然、意味のわからない事を大声で叫んだり、布団をバタバタ叩いて騒ぎ出したり、何を言っても通じるものではなく、とても難儀いたしました。
ちょうど、御下付頂いたばかりの御福豆がございましたので、福の花を拵えてジッパー袋に入れ、枕カバーの下に挟み入れた瞬間、ワァワァ言っていた娘がピタリと黙り『これは良いわ』と言ったとたんスースー寝息をたてて眠ってしまい、朝までずっと静かに寝てくれました。
昔、神霊教・青葉台教会のころ、『困難な時ほど教祖様の御神光はより強く頂けます』とお聞きしていた事を思い出しました。
これまで比較的平穏な日々の中でありがたく頂いておりました御供物の、このような時の驚くばかりの素晴らしさを、この度はまざまざと体験させて頂き、何度も助けて頂きました。
教祖様、誠にありがとうございました。
発病以来、娘は何かが憑いている様な、我が娘ながら気味の悪い化け物顔をしていたり、あるいはまた、ボーっと膜のかかった顔になっている事が多く、『かんぬ!』『あめばめ!』など、訳のわからない言葉を執拗に繰り返してまともなコミュニケーションが成立しなかったり、いわゆる、気のふれた状態が多くの時間を占めておりました。
21年間、慈しみ育ててきた一人娘が無事に成人を迎え、ごく普通に大学生活を送り、そろそろ社会人になるのも間近…という処からのこの変容ぶりに、さすがに心が挫けそうになる度に『絶対に大丈夫です』と会長様から温かく励まして頂いた言葉を思い出しまして、下手に悩まず、教組様に全てをお任せして、朝・昼・晩と出来る限り御神語奉唱に徹するよう、努めさせて頂きました。
3月に入ると娘は四六時中ますます狂人の様相を呈し、霊が娘の中に棲み込んでいる印象でした。
いよいよ特別霊救済の期間を迎えまして5日目の17日、御神語奉唱を始めたとたん、娘は急にボロボロと止めどなく涙を流し始め、20分間さめざめと泣き続けました。
そのあと今度は仰向けにひっくり返り、ご近所にまで聞こえるような大声で叫び始めました。
『あ~あ~』『アィーアィー』『あぱぱぱぱぱぱ』と全く意味は不明ですが、まる一時間に渡って絶叫が続きました。
これではあまりに脳に負担がかかる気が致しまして、1時間20分のロウソクが燃え尽きたところで御神語奉唱を納めさせて頂くと、叫びはピタリと止まりました。
翌18日も、前日ほどではありませんが同じ様に、御神語奉唱と共に一時間近く大声で叫んだり唸ったりが続きました。
当の娘はこれらの出来事をほとんど覚えていないと申します。そして19日以降、この様な激しい現象は姿を消して起こらなくなりました。
最終日の22日、御会堂にての最後のお参りを終えて、帰途に着いた常磐線の車窓から、地上低く今出たばかりの大きな満月が見えまして、駅に着くまでずっとその満月と一緒でした。月は自らの力で光ることが出来ないものです。
『教祖様の御手(みて)にお救い頂き、ようやくここまで出て来ることが出来ました。』というメッセージを、満月を通して霊から受け取ったような気が致しました。
恐ろしい死を選んでしまった義弟の霊が、苦しんでいなかったはずはありません。
私はそれをずっと気にかけながらも、実家側の者の場合と異なり、信仰のない夫の側(嫁ぎ先)の霊の祭札を祀ることの難しさや、少なからず予想される霊の現象の折、同じ家の中で、一人信仰の私が果たして対応出来るだろうかと、思い患いながら年月が過ぎました。
霊の祥月命日は11月20日。
娘がおかしくなったのも11月です。私は畏れ多くも、教祖様に霊のお救いをお願い出来る立場にありました。
霊はそれをずっと待ち続けていたのだと思います。
もっと早く助けてあげられなかったことを、霊に心からお詫び致しました。
そして何より、今回のことは私の信仰生活を見直す大きな教訓とさせて頂きました。
教祖様、誠にありがとうございました。
3月30日に再び会長様に御相談させて頂きました後、さらに一年間の『特別霊救済』のお願い、そして娘の入信へと大きくお導き頂きました。
霊共々、心より御礼申し上げます。
娘は4月5日に『統合失調症と思考改善』で発願させて頂き、入信の御縁を賜りました。
さらに娘の入信を期して御社を新しくさせて頂きました。
これまでの御社は、平成4年に結婚致しました際に、赤坂の教会で求めたものでしたが、この度、お焚き上げをお願いさせて頂きました。
西宮御本部より新たに賜りました御社は、今までよりも小ぶりですが、神気に溢れ、柏手(かしわで)を打つとビューンと妙音が響きまして、誠にもったいないような御社でございます。心清々しく、前向きな気持ちに満ちてまいります。
教祖様、誠にありがとうございます。
現在の状況は、4月、5月と『特別霊救済』をお願いさせて頂きますのと相まって、霊の影響がうかがえまして、娘の症状はいまだ遷延(せんえん)しておりますが、従来の娘の姿に戻っている時間が少しずつ増えてまいりまして、だんだんと良くさせて頂いております。
信仰浅き身ゆえ、いつも御無礼の数々にお詫び申し上げるばかりでございますが、何卒、霊の罪障、精神病から解放され、心身共に健康な人間として人生を歩んでまいれますよう、お導き下さいませ。
本日は初めて娘を伴って御式に参列させて頂きましたこと、心より御礼申し上げます。
娘共々、正しい信仰の道に入れますよう、お導き下さい。